ありがとう先生、今度は助けることができたんだね

これはまだ私が幼稚園に入ったばかりの頃の話です。

私の父は、幼い頃からずっと霊感が強く、旅行をするといく先々で、「ここは良くないから早く行こう」と少し変なことを言ったりするような人でした。

ですからあの時、父が「だれか俺を呼んでいる」なんて言って、父の地元の川まで連れていかれた時も、「ああ幽霊さんがいるんだな」くらいにしか思わず、特に不思議に感じませんでした。

山道から少し離れた、踏み入った場所にその川はありました。

父に導かれてたどり着いた川は、川下でいずれ大きな川と合流する支流ではありましたが、それなりに川幅もあって流れは少し急でした。

なんとも言えない、少し悲しい雰囲気を感じた記憶があります。

「ここで溺れたんだ」

ぽつりと父が呟いて、川辺にしゃがんで白い泡が立つ川面を見据えました。

「おぼれたの?」

と私が聞き返せば、父は黙ったまま頷いて手を合わせました。

しばらくの間父はずっとそのままだったので、痺れを切らした私と母は車に戻って、父が来るのを待ちました。

10分ほど経った頃、父はスッキリしたような顔で車に戻ってきて、「もういいよ、帰ろう」といって車を発進させました。

母が「何か話しをしたの?」と落ち着いた様子で尋ねれば、

父は「うん。彼は先生だったんだって。溺れた子供を助けようとして川に飛び込んで、子供もろとも流されて溺れてしまったんだと。忘れないで欲しいって、なんか俺を呼んだみたい。もう気が済んだってさ」

となんでもないように言いました。

子供ながらに、その先生はすごい人なんだなぁと思いながら、かわいそうになぁと川を何度も振り返りました。

さて話は変わりますが、基本的に父以外の家族には霊感は備わっていなかったものの、私は極々稀に父の言う「何か」がわかる時がありました。

父の言う「ヤバい予感」というものも感じられるときがありましたので、きっと私が感じられるレベルのものは父にとってはかなりの恐怖だったに違いありません。

私はそそっかしい人間で、特に幼少期においては目を少し離した瞬間にとんでもないことをしでかす子供だったようです。

ですからあの時も、いつものようにやらかす、まさに数秒前といったところでした。ただひとつ、いつもと違うのは、これはちょっと、死んでしまうかもなぁという失敗であったことです。

というのも、普段人のいない田舎の坂道を、キャスター付きの大きな道具箱にしがみついて下り降りるという危険な遊びをあの時私は嬉々としてやっており、カーブに差し掛かったところで死角から突然飛び出してきた車と鉢合わせてしまったからです。

子供ですから、足も長くありませんのですぐにブレーキはかけられませんし、そもそもハンドルというものがないですから、舵をきることも不可能です。

相手方の車も、まさか死角から人が飛び出して来るだなんて思ってもみなかったでしょう。

もちろんブレーキも間に合うはずもなく、ただ私はぶつかるのを待つのみでした。

しかしそこで、私は不思議な体験をしたのです。

急に左の襟元をぐいと引っ張られる感覚があり、次の瞬間には私と乗っていた道具箱は左に横転し、道路脇の草むらに放り出されていたのです。

車はそのままカーブを曲がり、置き土産にクラクションをひとつ鳴らして走り去って行きました。

うまいこと草むらに転ぶことが出来たので、ほとんど傷を負わずに済みました。

しばらく何が起きたのかわからないまま呆然としていましたが、ふと誰かの気配を感じて我に返りました。

先ほども言いましたが、私には霊感がほとんど備わっていませんでした。

目にその姿を写すことはできませんでしたが、しかし確かにそこにあの川の「雰囲気」を感じたのです。

後で知ったことでしたが、その坂道を少し下ったところに、例の川の支流が流れていたようです。

私を助けてくれたのはあの先生だったのでしょうか。

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