旅立つ前に自分の姉に会いに来た父の大叔父の話

地方公務員をしていた私の父は、極めて現実主義者でした。

夢がないリアリストという意味とは少し違います。子供の将来の希望がいささか現実味がないままという有様でも父は応援してくれましたし、実際私の弟はその希望をかなえてデザイナーになっています。

父の現実主義は俗にいう心霊、つまり幽霊や妖怪といった方面でのことでした。友達が幽霊を見たという話をしてみても端から「あのなおまえ、幽霊なんてものはいないんだよ」と諭されてしまい、私は続きを話すのがつまらなくなって途中でやめてしまうのでした。

あるときまたそんな話の流れになり、例によって父の「あのなおまえ、人は死んだらそこでおしまいなの。幽霊になんてなるはずがないだろう」という台詞が出たところで、たまたまそこにいた祖母が突然話に加わってきました。同居している父方の祖母です。

「そう言うけど、A太さんのことがあっただろ。覚えてないのかい?」

少し考え込んでから、父は「ああ」と声を上げました。

「そういやそんなことがあったか。でもあれは勘違いと偶然だよ。おばあさんがそう思いこんだだけなんだよ」

「偶然かねえ。それにしちゃ、おばあさんははっきりしゃべってたけど…」

これは何か珍しい話が聞けるチャンスだと察し、「何があったの」と割り込んで尋ねてみました。

祖母は「面白い話じゃないよ」と言ったきりでしたが、父は何気ない様子で「本当にただ偶然が重なっただけの話なんだけどね」と前置きした上でそのときの話をしてくれました。

もう25年くらい前かな、と父は最初に言いました。私がこの話を聞いてから更にそのくらい経っていますので、今からだとおよそ50年ほども前になります。

父はその頃高校を出て働き始めたばかりでした。当時家には父の他に父の両親と弟妹、それに父の祖母が一緒に住んでいました。この話に出てくるおばあさんとはこの父の祖母のことになります。

この祖母の弟にあたる人が、少し前から大病をして遠方で入院していました。ですがこの頃危篤という連絡を受けたので、父が見舞いに赴くことになったのです。

本来であれば自分の弟のことですから、おばあさんが自分で行きたかったことでしょう。ですが電車を乗り継いで行かなければならないほどの遠方な上、もう足腰が弱っていたおばあさんには難しいことでした。甥にあたる祖父も仕事で都合がつかず、結局は父が行くしかないということになったようです。

連絡を受けた翌日に休みを取り午前中に家を発った父でしたが、その後着いたともなんとも連絡がなく、残った家族は落ち着かない思いでただ待ち続けていました。

もちろん携帯電話もない時代でしたし、危篤の床ということであれば他から家族親戚も集まっているはずです。若輩の父は挨拶や話し合いに追われて席を抜けることもできずにいるのだろう、家ではそう話し合っていたそうです。

連絡は一向に来ないまま時間は過ぎていき、とうとう夜半を過ぎました。

中高生だった父の弟妹が休んでからも大人たちは寝るに寝られず、今どうなっているのだろうかと時々誰かがぽつりと言うほかは会話もなくなり、重苦しい時間がじりじりと過ぎていきました。

そのとき突然に、おばあさんが座を立ちました。

「戸が鳴った。誰か来た」

おばあさんはそう言ったそうです。

「聞こえたか」と祖父が祖母に問い、祖母は首を横に振りました。「こんな時間に誰か来るわけがない」と祖父が止めても、おばあさんはひとりで玄関まで出ていってしまいました。

おばあさんには、何か予感がしたのかもしれません。

すぐにサッシ戸を開けるガラガラという音がし、やがてまた閉まる音がしました。やっぱり誰もいなかったんだと納得した祖父母のところに、玄関に向かった時とは人が違ってしまったようにおぼつかない足取りでおばあさんが戻ってきました。そして

「A太が来たんだよ」

そう言って、力が抜けたように座り込んでしまったのだそうです。

「A太おじさんは今病院だろう。S男(父の名)が行ってるだろう。家に来るはずないじゃないか」

祖父が諭してもおばあさんは「A太だった」と譲りません。まさかと思っているところに電話が鳴りました。

それは父からの「おじさん、たった今亡くなったよ」という連絡でした。

おばあさんはがっくりとうなだれました。A太おじさんとおばあさんは、大勢の兄弟の中でもとても仲がよかったのだそうです。

「おじさんのことを考えてたからおじさんが来たような気になったんだろうし、そこに俺が電話したのも偶然だよ。別に幾日も待ってたわけじゃないんだから」と父はその話を締めました。

「だけどよく聞くよね、亡くなった人が家に帰ってきた話」と私が言うと

「おじさんの家はここじゃないよ。ここはおばあさんの嫁ぎ先なんだから」と父は笑って言いました。

それから二十年近くして、結婚して実家を離れた私のところに母から連絡がありました。

「おばあちゃん昨日入院したの。何日か前から喉が痛いって言って、ものが食べられなくなっちゃって」

祖母は九十歳を過ぎ、本人は知らなかったものの咽頭部に癌がありました。高齢で体に負担をかけるような手術も治療もできず、痛みを取りながら自宅療養を続けていたのです。

入院したということは、もうそのときが近いということなのでしょう。すぐさま見舞いに駆けつけましたが、結局はそれが祖母に会った最後となりました。

「もう家に帰れないのかねえ…」と祖母は繰りかえし呟いていました。「帰れるよ、大丈夫だよ」と皆が慰めていましたが、おそらくは祖母本人も含めて誰もその希望が叶うとは思っていませんでした。

そして祖母はそれから間もなく、病院で息を引き取りました。

慌しく葬儀が済み、四十九日が過ぎれば祭壇も片付けられて祖母がいた部屋は空っぽになりました。四十九日の法事に出席してから数日滞在していた私は、父がその部屋で思いもよらないことを話すのを聞きました。

「おばあちゃん、ここに帰ってきてたんだよ」と。

私が見舞ってから数日後、とうとう癌の痛みが酷くなってきたことで医師に「モルヒネを入れます」と言われたそうです。

祖母の状態では、モルヒネを入れればもう意識はなくなってそのままになってしまうだろうということでした。それでもこのまま苦しませるよりましだと、両親や父の兄弟はそれを受け入れました。

その日、父の妹夫婦が付き添ってくれるというので父は家で休んでいました。祖母の部屋が畳敷きで寝転がるのにちょうどいいとそこでうたた寝しかけたところ、突然祖母の気配をはっきり感じたのだそうです。

「別に姿を見たわけじゃないんだけどね」と父は付け加えました。

後で聞けば、それはちょうどモルヒネの投与が始まった時間でした。

意識が途切れたことで心が自由になり、あれほど帰りたいと願っていた家に帰ってきたのでしょうか。

父はそれから急に神秘主義に転向するわけもなく、相変わらず「幽霊なんていない」と言い続けています。私も昔のようにあれこれ反論することも減り、「うん、いなければいないでいいんじゃない」と応じるようになりました。

本当はどちらなのかは、父も私もいずれ自分の来るべきときに知ればいいのではないかと思います。

そしてもし自分が幽霊になったとしたなら…やはり自分の家か親しい誰かの元へ向かうのでしょうね。

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