帰り道、奇妙なおじさんが私をどつき続けた理由

私の職場は都内の訪問介護事業所です。

ちょっとした繁華街と住宅街をすりぬけた先にあります。

介護職なので就業時間はまちまちですが、その帰り道に異変が起きたのはもう何年も前の9月末でした。

帰り道、繁華街を歩いているときに突然右肩をどつかれました。

転びそうになりながら振り返ると、クリーム色のジャケットに青いリュックを持ったおじさん。

「なんなの…」

と少し怒りそうになりながらもその日はやり過ごしました。

その日から毎日、帰り道おじさんにどつかれました。

仕事が終わる時間が18時だろうと22時だろうと関係ありません。

どつくというよりも、右肩にグーパン食らう感じで、毎回転びそうになります。

最初のうちの何回かは我慢していたのですが、さすがに嫌気がさして「なんなんですか!」と声を出しました。

おじさんは振り返ることもなく、暗闇の住宅街に消えていきました。

街灯に照らされるクリーム色のジャケットと青いリュックがやけに不気味に見えたのをよく覚えています。

「毎日同じおじさんにどつかれて困っている。痴漢なんだろうか」

同僚に相談もしました。

「刃物持ってたら危ないよ」

と一緒に交番まで行ってくれた。

おじさんの正体は不明だけど、警察はパトロールを強化してくれると言ってくれたので少し安心しました。

また出来るだけ誰かと一緒に帰るようにしました。

誰かと一緒の時はおじさんは現れない。

痴漢への恐怖というより、不気味さのほうに怯えていました。

ある日、体調が悪く仕事を続けられそうになくなり、早退することになりました。

冷たい秋の雨が降っていて、1人でバスに乗りました。

バスだし大丈夫だろう、と料金を入れた後、視線を感じて後ろを振り返ったら──おじさんがいました。

クリーム色のジャケットに青いリュックを背負ったいつものおじさん。

なぜ、どうしてここにいるのか。

気にしないようにやりすごして、席の方に座ろうとバスの中をゆっくりと進みます。

するとおじさんは立ち上がってこちらへズンズン向かってきました。

そして私はまたどつかれるのです。

怖くて声を上げることはできませんでした。

「発車します、ご注意ください」

おじさんは最前列の席に座り、私は後部ドア脇の優先席にへなへなと座り込みました。

なぜ、どうして。

一体何なのか。

その頃になると、私がどつかれて転んでも誰も助けてくれないことに違和感を抱いていました。

もしかしておじさんは誰にも見えていないんじゃないか。

その翌日、とある利用者Aさんのケアに入りました。

Aさんは滅多に喋らない、少しだけ認知症にある方なのですが、入浴介助を終えて片づけをしているとAさんが急に喋り出しました。

「さっきから気になってるんだけど」

「なんですか?」

「右にいるおじさん誰?」

「えっ」

誰もいるはずがないのに。

今この居室にいるのはAさんと私だけなのに。

「え?誰もいないですよ」

思わず声が上ずった。

「青いリュックのおじさん、誰?」

Aさんの続けた言葉にまた冷や汗がとまりませんでした。

別な日、Bさんの居室に伺いました。

Bさんは認知症はなくクリアな方です。

しかし訪室するなりBさんが言いました。

「今日は2人なのね」

2人のはずはない。

「私1人ですよ」

と表情を崩さずに言うのが精一杯でした。

しかしBさんは続けます。

「あなたの右後ろ、薄い黄色のジャケット着たおじさんがいるけど?知り合いじゃないの?」

オムツ交換の手が震えました。

あのおじさんは人間ではない。

ならば毎日違う時間でも現れたのも、バスで遭遇したのにも納得がいきます。

相談すべきは交番ではなかったのでしょう。

幽霊や怪談話はつきものの職場なのですが、同僚にこの話をしたらお互いに震えました。

そんな私が交通事故にあったのはそれから数日の10月入ったばかりの早朝でした。

左折してきた車にはねられ自転車は大破。

そのまま救急車で運ばれましたが、そのとき右肩にひどい痛みがはしりました。

「右半身から着地したんだね。でもおかげで頭と腰が無事だった」

ドクターの話を聞きながら、私はこの痛みを知っていると思い出していました。

あのおじさんです。

あのおじさんにどつかれたときの、あの痛み。

とりあえず病室に入って一息ついていたとき。

窓の外に見覚えのあるジャケットとリュックが見えました。

あのおじさんだ。

「ねえお母さん、ちょっと前に駅前でおじさんにどつかれるって話したよね」

「うん。あれどうなったの?」

「いやどうにもなってないんだけど、そのおじさんが窓の外にいる」

「窓の外?……誰もいないわよ」

「そこにいるじゃん」

「あんたここ5階よ?」

ああやっぱりそうなんだ、おじさんは教えてくれていたんだ。

右肩に気をつけろって。

右肩から右腕にかけて強い痛みと痺れが残りましたが、幸いにも職場に復帰することが出来ました。

久しぶりに歩く職場までの道におじさんはいませんでした。

Aさんも喋らなかったしBさんも何も言いませんでした。

あのおじさんはきっと他の人には見えないものだったんだろう。

じゃあ一体なんだったのでしょうか。

右肩の災難を教えてくれていたんでしょうか。

幸いにもあれから一度もおじさんには会っていません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です