小学生の時に江戸時代の処刑場跡地に迷い込んだ話

私が小学生だった頃の体験談です。

私の地元には江戸時代の処刑場の跡地があります。

規模が大きく、たくさんの罪人が処刑され、見せしめのために放置されていたそうです。

そこで「解体新書」が書かれたと授業で習いました。

今はその場所にはきれいなお寺や大きなお地蔵さんもあって供養はされているようです。

お寺があるのは駅のすぐそばで、人通りの多い場所なので不気味さは全くありません。

お寺があまりにもモダンなので、最近までそんな場所だとは思わなかったくらいです。

ただ、そこは私と母が見た処刑場跡とは別の場所なのです…。

私が小学校の高学年の時のことです。

母と一緒に電車で出かけ、夕方、地元の駅に着きました。

その駅から自宅まではバスに乗るので、バスターミナルへ向かいました。

バスターミナルは駅から少し離れたところにあるのですが、そう複雑な道ではありません。

当時は電車に乗る機会が少ないとはいえ、母も一緒でしたし、道を間違えたのではないと思います。

ただ、バスターミナル自体が高架下にあって暗いし、短いトンネルを通らなければいけないので、とても不気味に感じてはいました。

そのトンネルを通った後です。

いつもならばトンネルを抜けたら少し明るく感じる道に出て、右手にバスターミナルが見えるはずなのです。

夕方だったこともあり、明るくないのは分かるのですが、バスターミナルが見えないのです。

そしてなぜか左手に進んでしまったのです。

引っ張られるような感覚がありました。

母も何の疑問も持たずにそちらに進んだ感じでした。

不気味な細い道を歩く母と私。

すぐに行き止まりになりました。

そこには柵がありました。

その奥には、大きな石の台のようなもの。

「処刑場」という古い木の看板。

人の姿が見えたわけでも、何かが見えたわけでもありません。

ただ黒い靄のかかったような雰囲気とそこある大きな石と看板。

それだけなのに寒気がして、とても怖いと感じました。

母も不気味に思ったのか、すぐに元来た道を戻りました。

するとなぜか、トンネルを通る前の場所に出たのです。

確かにトンネルを通ったはずなのに。

母も気味が悪かったのか、何も言わずに私と顔を見合わせていました。

私はそのトンネルをもう一度通るのが怖くてためらってしまいました。

でも母は私の手を取り、意を決したようにトンネルに向かいました。

何だか誰かに見られているような、顔がそこら中にいくつも浮かんでいるような…。

気持ちの悪い感覚になりながら、進みました。

早く出たかったのに、足が思うように動きませんでした。

トンネルを通っている時間なんて1分もないはずなのに、ものすごく長い道を歩いているような感覚でした。

やっとトンネルを抜けると、いつものバスターミナルへ続く道がありました。

ほっとしましたが、寒気や恐怖は消えませんでした。

そのまま何事もなく帰宅しましたが、その日はあの場所の話はできませんでした。

次の日、母に前日のことを聞いてみると、ただ、「変な場所だったね」と言っていました。

気になってその後、駅に行くたびに細い道を探してみましたが、見当たりませんでした。

地元に処刑場があることは社会の授業で聞いていました。

でも場所までは詳しく教えてもらっていません。

母は処刑場があったことを知りませんでした。

今でも駅に行くと探してしまうのですが、あの場所に行けたことはありません。

開発されてトンネルは車道側の壁がなくなり、圧迫感はなくなっています。

高架下も明るくなっていますが、寒気のする雰囲気は健在です。

お寺があるのとはちょうど反対側です。

調べてみると、地下鉄を通すためにお寺とお地蔵さんを分断したのだとか…。

その工事の時に地面を掘ったらお骨がゴロゴロ出てきたそうです。

江戸時代は死体を放置で、ひどい扱いだったようですし。

今でも成仏できずにその辺をさまよっているのでしょうか。

あのトンネルの首ははねられた人達だったのでしょうか。

どうやったらあの場所に行けるのでしょうか。

未だに気になって仕方ありません。

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